エムベアレス 第4章.リハーサル

面接の翌日、「今週の土曜日に仕事があるが、来れるか?」という連絡があった。
バイトがあったが、時給1000円の仕事と日給100万円の仕事では比較にならない。
行ける旨の返事をする。

土曜日。
結衣は先ず、約束の午後1時に間に合うよう、面接を行なったオフィスを訪ねた。

しばらく待たされた後、面接をしてくれた社長の堀越と共に外に出て、そこから徒歩5分程の距離にあるビルに向かう。

地下に下り、会場となる小劇場に案内された。
客席は100に満たない小さな劇場で、一段高くなったステージの上に立つと、早くも緊張で胸が高鳴る。

「本番では、ライトに照らされて客席はほとんど見えない。」
「今のうちに、距離感とか確かめておくといい。」

そう堀越からアドバイスを受け、結衣は改めてステージから会場を見回してみる。
すると、突然、スピーカーから声が流れてきた。

「私は結衣。都内の音楽大学に通う女子大生・・・」

(えっ!?)
結衣は、驚いて周りを見回し、声の主を探した。

「はは、今のは声優さんの声だよ。」
「本番では、君のアテレコをしてくれる。」
「だから、セリフは全部憶えなくても大丈夫なのさ。」
と、堀越が笑いながら説明してくれた。

その後、台本を渡され、リハーサルが始まった。
声優さんも調整室に籠もったまま、声だけで参加する。

堀越も演者兼裏方の一人として参加すると言う。
つまり、堀越は脚本、演出、役者、裏方と一人4役で挑むということだ。

そして、遅れてやってきた女優が一人、加わった。
石村杏子という芸名で現役の女優であり、堀越の奥さんであり、会社の専務でもあるという。

「女優って言っても、最近はAVの仕事がメインだけどね。」
と、杏子は気さくに話しかけてくれた。

年の頃は、40代半ば過ぎ・・といった所か?
顔は地味だが、元々、舞台をやっていただろうと窺える張りのある声をしていて、いかにも演技力が高そうな人物である。

こうして3人、声優を含めると4人でリハーサルが始まった。

台本を読むと結衣の役柄は、「万引きをして警備員に見つかった女子大生」という設定である。

警備員役が杏子で、堀越はその他諸々を演じるらしい。

だが、台本には出だしの部分しか書いていないらしく、後はアドリブというか即興の芝居になるのだという。

「基本的にリアクションをとるのが君の仕事。」
「演技で行なうリアクション、素のリアクション、それはその場の判断で。」
と、いうのが堀越からの指示である。

ピンマイクも付けているが、「君のマイクは音声OFFになっている時もあるから。ON、OFFは裏で調整するから、君は気にしなくて良い。」という指示も受けた。

ただ、「客席のリクエストをその場で取り入れることもある。」と言われたときは困惑した。

「杏子とかがリードするから、君にはそれに合わせて素でリアクションしてくれれば良い。」
「君は、自分自身をそのまま表現すれば良いのさ。」
「その為に、役名も本名と同じ、”結衣”という名前にしてある。」
「それに、要所要所で声優さんが助け船を出してくれるから、それに合わせて演技すれば、万事上手く行く・・筈だ。」

堀越からそう言われたものの、全てが初めての経験なのに、いきなり観客の前でアドリブで芝居をやれと言われても、上手く出来るとも思えない。

そう思ったものの、つまりは辿々しい芝居でも許されるということなのだろうと解釈し、受け入れることにした。

リハーサルの後は衣装を渡され、それに着替える。
音楽大学の学生でお嬢様という設定なので、清楚なイメージなのであろう。
白のブラウスに紺のスカートという衣装だった。

下着も白のオーソドックスなものを渡されたが、たまたま同じ種類の下着を履いていたので、そのまま自前の下着を使うことになった。

「やっぱり、衣装の下着は本人に馴染んでいないから、どこか違和感が出ちゃうのよ。」と、杏子が説明してくれた。

その後は、プロのメイクさんにメイクをしてもらい、ロングヘアーのウイッグも被せられ、これなら知人に見られても気付かれないであろうという外見に仕上がった。

そう思うと、ようやく落ち着いた気分になってきた。
本番を待つ、良い意味の高揚感もある。

後は本番を無事終え、そして、100万円を受け取る。
そう思いを定めると、気合いも乗ってきた気がする。

(きっと、うまくいく・・)

結衣は急に本番が待ち遠しくなってきた。
この後、とんでもない羞恥地獄に堕ちることなど知りもせずに。

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