エムベアレス第3章.結衣の本音

(全額現金払いだから、偽名でもバレない筈・・)
契約書に住所・氏名を書きながら、結衣はそう自分に言い聞かせていた。
結衣という名前は本名だが、名字と住所は偽だからだ。

こういうアダルトビデオを作っている会社というのは、やはり、どこか信用できない。
もしかしたら、暴力団が経営しているかもしれない。
そう考えると、迂闊に素性を明かすのはマズいと考えたから。

それに、こういう仕事を行なうのは1回限りにするつもりだったので、後々、つきまとわれないよう、後腐れ無く別れたかったからという事もある。

(何で、こうなっちゃんたんだろう?)
と、自問自答してみるが、都会の一人暮らしはお金が掛かりすぎるから・・・という答えしか思い浮かばない。

面接では苦学生を装っていたが、実は、実家からは月に15万円もの仕送りを受けている。
もちろん、学費も全額、親に出して貰った。

両親は共に公務員だし、一人っ子なので叶う話だったが、結衣は金遣いが荒く、それでも全然足りなかった。
しかし、さすがにこれ以上の無理は言えない。

かといって、東京で女の一人暮らしとなると、セキュリティを考えればそれなりの物件に住まざるを得ないし、携帯代も掛かるし、楽器ももっと良い物が欲しい。

外国から来る有名なオーケストラや奏者のコンサートには、どんな高額チケットでも必ず行きたい。

それに、音楽大学では裕福な都会の子が多く、そういった周りの女子大生と合わせるには何かとお金が掛かった。

かといって、付き合いを断って、寂しい学生生活を送るのはまっぴらだし、一度しかない学生時代を謳歌し、人並みに遊びたい・・・。

洋服も欲しいし、エステにだって行きたい。
バッグも、アクセサリーも、靴も・・・
とにかく、都会は誘惑が多すぎる。

そんなかんだの生活を送っている内に、いつの間にか借金が膨れていた。
とてもじゃないけど、コンビニのバイトくらいでは焼け石に水で返済は追いつかない。

仕方なく高額報酬のアルバイトを求め、ここに面接に来たという訳である。

オフィスは、思ったより垢抜けていて明るい雰囲気なので入りやすかった。
最初に応対してくれた女子社員も、1流企業の様な制服を身につけ、礼儀正しい。

社長が直々に面接してくれたが、ダンディな紳士に見えた。

(どうやら、信用出来そう・・)と心のガードは緩めたものの、仕事内容を聞くと改めて緊張し、結局、偽名のまま、契約書にサインしてしまったのであった。

(スパンキングって、お尻を叩かれるってことよね?)
(おそらく、裸のお尻を・・)
(しかも、観客がいる前で・・・)

そう考えただけで、早くも羞恥心に襲われ、なぜか股間に潤とした疼きも感じ、被った仮面を脱ぐ気持ちにはなれなかったのである。

まして、目の前に座っている男が、早くも嘘に気付いていたことを感じ取る余裕など、ある筈もなかった。

0

コメントを残す